臓器移植の経済学 その2

まず、いくつかメカニズムの満たすべき要件が考えられる。単純化のために、間接的交換のオプションがないとして、次のようなメカニズムを考えてみる。n人の患者がどのドナーの腎臓を希望するか同時にアナウンスし、 上の例のように2組のペアの希望が一致したときのみ、移植を行う。その2組が抜けた後は、また残った患者達で、そのようなマッチングが起こらなくなるまで同じことを繰り返す。そして、最後に残った患者達は、ウェイティングリストに回されるとする。このメカニズムに問題点があるのは、次のような例を考えれば分かる。最後に3組が残されて、患者1は患者2のドナーの腎臓を、患者2は患者3のドナーの腎臓を、そして患者3は患者1のドナーの腎臓を欲しがっているとする。このメカニズムによると、この3人の患者達はリストの方にまわらなくてはならないが、3人同時にピストン移植をすればより効率的な配分を達成できる。*1  もちろん、出来ればメカニズムは「効率的」なほうがいい。*2


ただし効率性だけじゃだめだ。患者達は、自分の選好を偽って申告するかもしれない。例えば、前の例で、患者2の選好が3>1>2だとしよう。もし彼が正直に患者3のドナーの腎臓を希望すると言うと、彼はリストに回される(これは2に対応する)。しかしもし嘘をついて、患者1のドナーを希望するといえば、患者1と2の間に交換が成立することになる。しかし、そもそも患者1も同様に戦略的に考えるかもしれないので実際に何が起こるかはよくわからない。このように自分の希望を戦略的に表す余地がある場合は、メカニズムが不安定な挙動を示す可能性がある。


では、効率的で、かつ選好を偽って申告する動機のないメカニズムとはどんなものか?そもそもそんなメカニズムが存在するのか?Roth et al. が見つけたのは、それらの条件を満たす、次のような腎臓分配のアルゴリズムだ。


まず、それぞれの患者―ドナーペアに番号を割り振ったあと、以下のとおりにマッチングを見つけていく。

Step 1. 患者たちが、(残った腎臓の中で)自分の第一希望の腎臓(あるいはリストの優先権)を申告する。もし上の例のようなサイクルが出来たら、その場で全員まとめてピストン移植。(現実的考慮はすっとばしてます。100人のサイクルがあったら、そのまま同時移植。)
 残った患者たちは、Step1の最初に戻る。もし、サイクルが出来なければStep2へ。*3

Step 2. もし「チェーン」ができていたら、その中で一番小さい番号の患者を含むチェーンが、そのまま固定される。(ただし、移植はまだ行われない。)「チェーン」とは、例えば、次のようなもの。患者1はドナー2の腎臓を希望し、患者2はドナー3の腎臓を希望する。…そして患者n-1はドナーnの腎臓を希望し、患者nはリストの優先権を希望している。
 残りの患者たちは、Step 1に戻る。

Step 3. もし、サイクルもチェーンもこれ以上出来なければ、その場で固定されて残っているチェーンについて、同時移植を行う。(上のチェーンで言えば、ドナーkの腎臓は患者k-1に移植される。そしてドナー1はリストに腎臓を提供し、患者nがその代わりにリストの優先権を得る。)で、アルゴリズム終了。


続く、かな......

*1:そのような3組の間の同時移植は、最近Johns Hopkinsで実際に行われたそうだ。

*2:ここでの効率性は参加者の間でのパレート効率性を意味している。つまり、他の人々の効用を下げずにある一部の人々の効用を上昇させる余地のない配分を、効率的配分と呼んでいる。

*3:患者―ドナーペア同士の直接交換だけを考えるなら、これで話は終わり。これはいわゆる、Gale-ShapleyーScarfのTTC(Top Trading Cycle)アルゴリズムに他ならない。つまり、このアルゴリズムTTCの拡張になっている。