臓器移植の経済学 その1

臓器移植の経済学*1といっても、腎臓いくら、肝臓いくらという物騒な話ではない。ではいったい何の話か?通常は、臓器移植とは臓器の贈与であり交換ではないのだから、ブラックマーケットを除けば、そこに近代経済学の入り込む余地はないように見える。しかし最近、ある特定の臓器移植に関しては、交換―金銭を伴う交換ではなく、バーター取引―の可能性を真剣に考慮する必要が出てきているのだ。その臓器とは何か?腎臓である。


なぜ腎臓の交換が問題になるのか?それにはまず、移植のコンパティビリティの話から始めなくてはならない。他の移植同様に、腎臓移植を成功させるためには、様々な条件が満たされなければならない。まず、次のような血液型に関する条件がある。
1. O型は、A,B,O,ABに提供できる。
2. A型は、A,ABに提供できる。
3. B型は、B,ABに提供できる。
4. AB型は、ABにのみ提供できる。
移植のためには、さらにこれに加えて、皮膚のタイプ(HLAタイプ)が出来るだけマッチすることが望まれる。


ここで、次のような2人の患者がいると考えてみよう。患者1の血液型はA型である。患者1には腎臓を提供したがっている親戚がいるが、残念ながら彼の血液型はB型である。患者2の血液型はB型で、やはり腎臓提供者がいるが、彼女の血液型はA型だ。さらに、この4人のHLAタイプは全て等しいとしよう。通常は、自分の型にマッチするドナーがいない場合には、亡くなった人の移植可能な腎臓を待つリストに名を連ねるしかない。しかしこの場合は、患者1と患者2同士でお互いのドナーを直接交換したほうが、2人にとって明らかに都合が良い。血液型とHLAタイプが完全に合うだけではなく、生体肝移植の方が、成功する確率が高いのだ。しかもこの交換は二人だけが得するわけではない。その二人がリストから抜けるのだから、リストで待っている他の患者達の効用も上昇するのである。


もちろん実際の問題はこんなに単純ではない。一般的にはn組の(患者、ドナー)ペアの間の交換を考える。なお、n人のドナーからの生体腎移植以外に(倫理的な問題はあるのだが)、リストで待っている人々に自分のペアのドナーの腎臓を提供する代わりに、リストの順位を上げてもらうという間接的な交換のオプションもありだとしよう。それぞれの患者はn人のドナーからの腎臓+リストの優先権に関する好み(強選好)を持っていると考える。*2*3臓器の配分は、数学的には{1,2,…,n,P}から{1,2,…,n,W}へのあるクラスの写像に対応している。ここでPはリストの優先権を表しWはリストへの腎臓の提供を表す。*4すると問題は以下のように述べることが出来る:「このような状況で、いったいどのようなメカニズムが、nペアの間での臓器の“望ましい”分配を達成することが出来るだろうか?」


長くなったので、続く......

*1:Roth, Sonmez, and Unver, QJE 2004

*2:例えば3組のペアがいるとして、患者2の選好が3>1>P>2ならば、それは患者2がドナー3の腎臓、ドナー1の腎臓、リストの優先権、ドナー2の腎臓という順番に希望しているということである。なお、患者2とドナー2の組み合わせというのは、もともと自分とペアだったドナーをキープするというオプションであって、その場合には、患者2はドナー2から移植を受けるかあるいは(優先権なしで)リストに名を連ねるか好きな方を採るということを意味する。

*3:ドナーiと患者iの選好は完全に一致していると仮定する。

*4:よって、i―>Wならば必ずP―>iとなる。またドナーは一人で十分なので、i―>kならば、i以外のいかなるjについてもj―>kは成り立たない。