社会を深く理解するには、あなたは陰謀論者でなくてはならない。


アメリカの経済支配者たち (集英社新書)

アメリカの経済支配者たち (集英社新書)

新聞に書いてあるような「客観的」な事実と、確たる証拠がないような「妄想」に依拠した「理論」には、どちらにより価値があるだろうか?昔なら、もちろん前者だと言ったかもしれないが、今では......というのは、ほんのわずかの間だがプロの研究者をやってきて感じるのは、新聞に書けるような「事実」なんてのは、現実のほんの一部の一部に過ぎないという感触があるからだ。海面上に見える氷山の一部がほんとうにほんの一部であるように、現実のほとんどの部分は目に見えてこない。


そこで、どのような現象でもその全体像を捕らえるには、その目に見えない大部分を想像力で補わなくてはいけない。そこでは、ニュースに出てこない部分で、政治家や、企業や、官僚が何をしているかについての想像力が必要になってくる。誤解を恐れずに言えば、そのためには、僕たちはみな陰謀論者でなくてはならない。


例えば経済学者は、一般の消費者は裏でこっそりと自分の効用を最大化している、と「妄想」している陰謀論者だ。あるいは、政治学者は、政治家は票を得るために裏で金をばら撒いていると考える陰謀論者だ。もちろん実際には、賢い消費者もいれば馬鹿な消費者もいるかもしれないし、金まみれの政治家もいれば潔癖な政治家もいるだろう。でも、とりあえず、僕らは、そうでないと考える強い理由がなければ「消費者は効用を最大化している」と考える。または、「市場はそこそこ効率的だ」と考える。あるいは逆に、それをデフォルトとして考えるのが、経済学的思考だといってもいい。学者はいわば、システマティックで抑制の効いた陰謀論者だ。僕らは、限定された数の仮定に基づいて、一見全然関係していないような問題にも、同じような思考法を適用していく。そして僕らは、そのようにすると見えてくるものがあることを、経験上良く知っている。*1


などとつらつらと書いてみたのは、実は、最近「アメリカの経済支配者たち」という本を読んだからだ。この本によると、アメリカでは財閥の遺産相続者のビリオネアたちが全てを牛耳っているということらしい。しかし、その論理は飛躍と穴ぼこだらけで、読むに耐えない。というより、そもそも日本語として意味を成さない文が多数あるので、ほとんど推敲されずに出版されてしまったのではと邪推してしまう。しかしそれでもこの本に読む価値があるのは、アメリカの親戚関係にある超金持ち達が社会に巨大な影響力を及ぼしている」というこの本のスタンスは決してぶれることがなく、そしてその信念に基づいて、彼らの具体的な親戚関係が網羅されているからだ。*2少なくともこの一点のみに関しては、この本は一般ジャーナリズムを凌駕しているといっていい。*3

*1:もちろん学者達といわゆる陰謀論者はかなり異なる。巷の陰謀論者は、常に一部の人間が全てを操っていると考えるけど、その理屈を当てはめる段階になると、もう話がめちゃくちゃになってくる。

*2:想像するに、この本は、まず有名な金持ちの親戚関係をチャートにまとめた後、一つ一つの歴史的エピソードやデータをその親戚関係に強引に押し込んで解釈していく、というようにして書かれたのだろう。

*3:無理やりほめるとしたらこうなる、って感じか。