Rの発音


アメリカで仕事を探す前、英語の発音矯正をするために、しばらく個人教師を雇っていたことがある。僕と背がほとんどかわらない長身の彼女は、英語教育が専門の大学院生だった。見た目からするとヨーロッパの血が入っているようだが、生まれも育ちもアメリカの彼女は、生粋のアメリカ人だ。どうでもいいが、どちらかというと美人に分類される方じゃなかったかと思う。


さすがにその頃には「Lost in Translation」で出てくるようなRとLの酷い混同などを指摘されることはなかったが、毎回会うたびに、何かしら叩き直されていた。一つ、今でも鮮烈に覚えていることがある。


「あのね、Rは舌を巻かないのよ。」


おそらく日本人を何人も教えたことがあるはずの彼女には、ああ、またね、ということだったのだろう。慣れたもので、彼女は、手を変え品を変え、Rを発音するときの舌の動きを説明してくれた。


自分では今ではだいぶましになったと思っているが、それでも何かの拍子に、昔のRがでることがある。中学や高校で、Rは舌を巻くものだとさんざん教えられて育ったせいだ。しかし今思えば、それは、RとLの発音を区別できない日本人が、Rに近い発音を出すための次善の策だったんだろう。それはそれで、大事な知恵だと思う。


ところで、今日が最後のセッションという日に、彼女がとても嬉しそうにしているので、何かと思っていると、セッションの後で少し世間話をしている時に、いきなり、「私、結婚するの。」と教えてくれた。そのような場面に出くわしたことがなかったので、その場で何を言ったらいいかすぐに思いつかず、「Congratulations!」などというのが精一杯だった。しかしその時、Rがちゃんと発音できていたかどうかは、どうもよく思い出せない。