刑の厳罰化は、犯罪を減らさない?

犯罪をなくすにはどうすればいいか。全ての犯罪に死刑を適用すればよい。というのは冗談だが、犯罪をする人間を減らすには罰を重くすれば良いと考える人は多い。ベッカーとかも、そんなことを言っていたはず。しかし本当にそうか?


次のような思考実験をしてみる。犯罪傾向の異なる多数の人間がいるとする。ここでは、スピード違反を例としてとろう。ある人はそれほどスピードに興味がないし、ある人はスピードを出すことに命を懸けている。それぞれの人は、だいたい標準速度を守るか、160kmでぶっ飛ばすかのどちらかを選択するとする。彼らが、スピードを出すかどうかは、彼らの好みだけでなく、それが警察に見つかるかどうかにも依存する。つかまると罰を食らうからだ。だから、確率1で見つかるなら、誰もスピードを出さないし、確率1で見つからないなら、全ての人がスピード違反をする(と仮定する)。


一方で、警察はパトロールに出かけるか、出かけないかを選択する。パトロールに出るには費用がかかるが、スピード違反者を捕まえると、一人当たり幾らかの報償が出る。パトロールに出た場合には、全てのスピード違反者を捕まえることができるとしよう。ついでに、全ての人間がスピード違反をしているときは、報償の合計が費用を上回り、パトロールに出ることが合理的であると仮定する。もちろん、誰もスピード違反をしていないときは、パトロールに出る理由はない。


さて、この社会の犯罪率はどのように決定されるだろうか。全員がスピード違反をすることはありえない。なぜなら、それならば警察は必ずパトロールに出るべきで、そうすると誰もスピード違反をしたいとは思わないからだ。同様に、全員が標準速度を守ることもありえない。すると、残っている可能性は、X%の人々が違反をし、(100−X)%の人々が制限を守るということになるはずだ。*1このためには、警察はパトロールに出るか出ないかをランダムに決めなくてはならない。その場合、警察はパトロールに出るか出ないかをについて無差別(どっちも特に好まない)である。すると、警察は、逮捕から得られる報償と費用を天秤にかけるので、そのためには、Xはある決まった割合にならなくてはならない。*2そして、警察はXがその割合になるようにパトロールの確率を(均衡では)選んでいなくてはならない。


ここで、Xは完全に警察の側の費用と便益で決定されている。*3よって、逮捕されるコスト(罰則)は違反率にまったく影響を与えない。もし罰則をきつくすれば、一時的には違反者は減るかもしれない。しかし、そうなるとパトロールする動機が失われ、また違反者が増えて...というようなクラウディング・アウトが起こる。均衡では、違反率は変わらないで、パトロールの確率が減ることになるだろう。つまり、パトロールのコストを減らすのが目的なら、罰則を厳しくすることが良いが、違反率を減らすことが目的なら、警察への報償を増やすべきということになる......

*1:もちろん、よりスピードを出すことを好む人が、前者に加わることになる。

*2:X=費用/報償

*3:一方で、パトロールの確率は、運転手側の条件(犯罪からの効用&犯罪のコスト)で決定される。