左利きであることは大統領になることよりリスキーか?
- 作者: C.R.ラオ,柳井晴夫,田栗正章,藤越康祝
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2010/02/09
- メディア: 文庫
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こことかここによると、独身の人は10年早く死ぬという話らしい。大統領になると5年早く死ぬということなので、独身は大統領になることよりリスキーなわけだ。統計学者ラオの「統計学とは何か」に出てくるこの話はよく聞く話なのでそれほど驚くこともないのだが、驚いたのは独身の次に寿命を縮める要因だ。ラオの同じ表によると、左利きの人は平均して9年(3250日)も早く死ぬということらしい。だから、左利きであることは大統領になることよりもリスキーということになる。
この表を見たときの第一印象は「これは統計の解釈以前の間違いに違いない」だった。最初に疑ったのは翻訳だ。ところが原著”Statistics and Truth: Putting Chance to Work”の該当部分をGoogle Booksで検索してみると、確かに「左利き」は表の中に入っていて3250日寿命が縮まることになっている(P.166)。 *1
そこでこんどは、ラオが表を作るのに使ったとしている元論文Cohen and Lee*2をチェックしてみた。するとそのまとめの表には、左利きのことは一言も出てきていない!その一方、左利き以外の要因については項目も数値も完全に一致している。これはどうやらラオさんが左利きの項目をうっかり付け加えてしまったということのようだ。
しかし火のないところには...ということはあるし、3250日という数値も勘違いというにはあまりに具体的すぎる。この話には何か元ネタがあるはずだ、と思って探してみると、Coren and Halpern*3という論文を見つけた。この中の一番極端な結果によれば「左利きは9年早死にする」ということらしい。どうやらここがネタ元のようだ。
この結果は次のような調査に基づいている: 最近死亡した人の内から3000人ほどのサンプルをランダムに抽出し、最も近い家族や親戚から亡くなった当人の利き腕のアンケートをとり、返事があったおよそ1000のサンプルから利き手(と性別)ごとに「平均死亡年齢」を計算するというものだ。それによると右利きの人は平均して9年短命で、しかもこの効果は男性の場合にはるかに大きいという。
この論文はよく引用されているようだが、しかし結果はかなり怪しいように見える。この「平均死亡年齢」の計算がよくわからないというのもあるが(例えば人口の変動を考慮に入れていない)、それ以前に年寄りの世代は左利きであることをカミングアウトしたくないからアンケートに返事をしなかったんじゃないかという疑いがある。昔は左利きは縁起が悪く、差別の対象になっていたのだから。