テニュア審査について


アメリカで当事者になっている人には何も新しい情報はないかもとは思いつつ、選ぶ側選ばれる側両方の立場を経験したものとして、アメリカの大学でのテニュア(終身在職権)審査について少し書いておこうと思う。理由は二つ。一つは、日本にもテニュア制度のようなものが最近導入されているので、それとの比較対照としての価値はあるかもということ。もう一つは、大学によっては助教授がシニアレベルの引き抜きの意思決定にほとんど関わらないので、実際のテニュアケースから直接学ぶ機会がほとんどないらしいこと。*1


一つ最初に断っておくが、以下の話は経済学の中の話なので*2、他の学部には当てはまらないことが多々ある。例えば人文科学一般では本(単著)を出版することが重要だし、ハードサイエンス一般ではどれだけ外部からファンドをとってこれるかが決定的に重要だが、これらの要因のウェイトは経済学では比較的小さい。


さて、まずはプロセスがどうなっているかということだが、流れとしては以下の通り。

(1) テニュア申請の書類を準備開始。*3
(2) 学部内部に評価委員会発足。
(3) 他の大学や研究機関の一流の研究者に評価を依頼する。*4
(4) 外部からのレターがほぼそろったら、評価委員会が教授会に内部評価と外部評価をまとめたレポートを提出する。議論が重ねられた後*5、投票。学部のレベルでの手続きはこれにて終了。
(5) 投票の結果と、さらに推敲されたレポートが、大学のレベルの委員会に提出される。*6このレベルでは、学部が当人のエージェントととして大学と交渉するという感じ。*7
(6) 大学側がOKということになると、晴れてテニュアが授与。

この審査のプロセスには、大体半年かそれ以上かかると思っていい。審査が始まる時期はデフォルトとして決められているが、もしもそれより早く申請したいのであればそれは可能だ。例えば、6年目にテニュアの審査が始まるが、5年目にほかの大学からテニュア付きのオファーを受けたので自分の大学のテニュア審査を1年早める、とかいうのはよくある話だ。


で、もっと大事なのは、テニュア審査で成功するための要因は何かということだが、大雑把にいえば次のような要因があると思う。

(a) 論文の質
(b) 論文の量
(c) 単著/共著 
(d) ティーチングの評価

これらについて、以下多分に推測を含むコメントを思いつくままいくつか並べてみよう。

  • 論文の質と量のどちらが大事かということがよく話題になる。もちろんどちらも大事なのだが、特にトップクラスの大学では論文の質のほうがより大事だという印象を持っている。基準としては、申請者が当人の分野で誰でも知っているような有名な論文を持っているかどうかがテニュア授与の必要条件という感じだろう。一方、論文の数は(論文0とか極端な場合を除いて)まず必要条件にはならない。論文の数が重要になってくるのはどういう場合かと考えてみたが、恐らく大学がその学部を重視していない場合とか、あるいは学部と大学の関係があまり良くない場合などだと思われる。その場合、少ないけれどもいい論文があるといっても大学側は納得しないとか、大学側はその分野でのトップ・ジャーナルをあまり知らなかったりなどということがあり、そうすると論文の数という目に見える指標に頼るほかはないということになる。*8恐らく、トップクラスの大学ではそういうことがあまりないということなのだろう。
  • 外部に評価を頼んだときに、断られることがしばしばある。*9で、断られたという事実はしばしば教授会で共有される。だからあまりに断られることが多いと、申請者の印象が悪くなる。忙しいので手紙を書いている暇がないとか、いろいろ理由をつけて断ってくるのだが、申請者の業績があまり知られていないことが疑われるからだ。実際あまり当人の業績を知らないとはっきりといって、レターを書くのを断ってくる人もいる。
  • 評価委員会のメンバーは申請者の論文をちゃんと読み込んでくる。だからすくなくとも彼らは申請者の業績をきちんと理解している。しかし大事なのは、それ以外に申請者の業績を理解して論文を読み込んでいる人がいるかどうかということだ。そのような人が多ければ多いほど、申請者の印象は良くなる(なかには批判するために読み込んでくる人もいるが......)。
  • 上でいう「論文」には 出版あるいはアクセプトされた論文だけではなく、校正の最終段階ですぐにアクセプトされそうな論文、あるいはまだ未完成だが重要な貢献になると予想される論文も含まれる。*10実際に論文を読み込んでくるので、このようなフレキシブルな対応が出来るわけだ。投稿からアクセプトと出版までに途方もない時間がかかる経済学では、これは非常に有用なシステムだと思う。この意味でも論文が複数の人にきちんと読み込まれるのが大事だ。そうでないと、実際に出版されていない論文の評価がきちんとされないだろう。
  • 単著の論文は共著よりも評価される。共著の論文でも、若手や学生との共著論文は、シニアの有名教授との共著論文より評価される。印象としては単著と若手との共著の評価の差より、若手との共著とシニアとの共著の評価の差の方が大きい感じがする。
  • ティーチングの評価はほとんどテニュアに関係ないと聞いていたが、あまりにひどい場合はやはり問題になるらしい。直接は知らないが、そうしたケースの話をいくつか聞いたことがある。あと、ビジネススクールではティーチングの評価はより重要になってくる。

*1:ここでは他の大学の助教授にテニュアポジションをオファーするケースを取り上げるが、テニュアつきの教授を引き抜く場合も手続きは全く同一である。なお、当然ながら内部昇進に関するケースには助教授は一切関わることが出来ない。

*2:しかもサンプルが少ないので、以下の話が一般的にどこの経済学部でも成立するかどうかはよくわからない。

*3:全部自分でやる必要はない。有能な秘書の方がサポートしてくれるので。

*4:(3)では、テニュア申請者の分野で著名な10人かそれ以上の研究者に評価を依頼することになるが、そのうちの何人かは申請者が評価委員会に推薦できる。

*5:教授会は一回ですむこともあるし、複数回開かれることもある。

*6:学部のレベルでサポートされない場合は、無駄を避けるためこの段階に進むことはないと思う。ただし例外もあった気がするが。

*7:通常は、学部のレベルでテニュアにゴーサインが出れば、大学のレベルでそれが覆されることはあまりないと思っていい。大学のレベルの審査は、ただの形式的な手続きという感じだ。しかしこれも大学によってはそうでない場合があるらしいので、自分の学部の過去のテニュア・ケースを調べてみるとよいかもしれない。

*8:しかしこの論文の数というのも曲者だ。大学側の委員会のメンバーは他の分野の人間で構成されるが、平均的な論文の数というのは分野によってだいぶ異なる。例えばエンジニアリングや計算機科学の人からすれば、一般の若手の経済学者の論文の数は圧倒的に少ないように見えるだろう。

*9:実際10%ぐらいは断られるものなので、それを見越して最初からすこし多めの人に声をかけているはずだ。

*10:それぞれの論文がどのジャーナルに投稿されていて、どの段階まで来ているか(1st round, 2nd round, etc...)という情報は教授会で共有される。