アンドリュー・ワイエスとアメリカの個人的原風景


「故郷」といえば、自分がそこで生まれて育ち、後に離れることになったという場所を指すことが多い。しかし記憶の中に影を残している「原風景」としての「故郷」は、必ずしもそれと同じ場所とは限らない。例えば、僕にとって日本の原風景は何かと考えると、東京生まれの東京育ちにも関わらず、浮かんでくるのは子供の時分にしばしば訪れた岩手の林や森の風景である。


ところで、アメリカに移住して東から西まで引越しばかりしているうちに気がついたのは、いつのまにか記憶の中に、第二の「故郷」が生まれていたことである。これも、比較的長くいた場所にただ単に思い入れがあるというのとは違う。さらに付け加えれば、日本の中で何度も引越しをしているときの感覚は、これとは恐らく違うと思う。国を越境することが、ある種の再生を促したのだろうか。


アンドリュー・ワイエスAndrew Wyeth)が昨日亡くなった。


実は僕のアメリカの「原風景」は、彼の描く冬の東部の郊外/田舎の風景に近い。僕が実際に住んでいたのはフィラデルフィアの街中だったが、なぜか記憶の一番底にあるのは、人里離れたところでしばしば車窓から見かける冬のモノトーンな風景、そこらじゅう枯れ草やむき出しの枝でいっぱいの茶色い冬の風景なのである。



参考:ブランディーワイン・リバー美術館(http://www.brandywinemuseum.org/).ワイエス一族やその関係者の作品を展示した美術館。フィラデルフィアに行く機会があれば、ここまで足を伸ばすことをお薦めする。フィラデルフィア美術館にも彼の作品はいくつかあるはずだが、ブランディーワイン・リバーを特に薦めるのは、美術館の周辺や美術館までの道すがら、彼の描いていたような風景を実際に目にすることが出来るからだ。ワイエスの孫娘さんによるツアーもある。