差別の経済学


オバマついでに、経済学における差別の取り扱いについて一言触れておこう。経済学の中では、次のような2種類の差別を考える。

(1)選好による差別(taste-based discrimination)
(2)統計的差別(statistical discrimination)

(1)はベッカー(1971)に始まる、嗜好による差別に関する理論。白人と黒人は一緒に働くのを嫌がるとか、受付のサービスは同じ人種の方がおちつくとか、そういう話。もちろんこれは人種だけの問題だけではなくて、年齢やジェンダーに関する差別にも当てはまる。自分と違うタイプでそりが合わないだとかね。*1 この手の議論でよく言われるのは、差別的嗜好のある経営者は企業の利潤を最大化しないから、差別的嗜好のない経営者に負けて、市場から淘汰されていくというもの。この議論が現実的にどれだけ説明力があるのかは、実証的にまだけりのついていない問題だ。


(1)はセグリゲーションなどを説明するのにはなかなか適した理論だけど、実は学会でより受け入れられているのは、アロー(1972,1973)とフェルプス(1972)に始まる(2)の統計的差別の方だ。この理論は、情報に基づく差別を対象にする。情報に基づく差別は、個人個人の能力や属性をその個人がどのグループに属しているかということから推し量るときに起きる。例えば、個人としては優れた能力を持っているのに、黒人であるというだけで能力を低く見積もられるとかいう話がそうだ。


この理論の背後には、いくつか暗黙の仮定がある。例えば、有能な人材を雇いたい雇用者の立場になって考えてみよう。第一に、まず最も基本的なこととして、能力は観察するのが難しい、あるいは観察するのにコストがかかる、ということがある。*2そうでなければ、雇用者はわざわざグループに関する情報(男性か女性かとか、20代か30代かとか)を使う必要がない。第二に、それに加えて、グループに関する情報は比較的簡単に手に入る、ということが必要だ。この二つの仮定をあわせると、本人の能力のみが実際には問題なんだけど、それが観察できないので、その人の帰属するグループをラフな近似として使うという話になるわけね。そして第三に重要なのは、最終的には能力は(ある程度?)明らかにならざるを得ないわけだが*3、その能力は他の企業には観察できないということ。*4そうでない場合には、能力があると分かった人材を他の企業が盗むインセンティブがでてくるので、それぞれの企業が能力を発見するためのコストを負担するインセンティブが損なわれることになる。


ところで、統計的差別では、通常はグループに基づく予想は「合理的」である、つまり平均的に正しい(バイアスがない)ととりあえず仮定することが多い。*5例えば雇用者がある女性を雇うかどうかを決めるときに、数年後の女性の平均的な離職率はX%だろうという予想を考慮に入れるが、その予想は実際の女性の平均的離職率に等しいというふうに仮定する。一つの解釈としては、予想が現実とずれていれば、予想は現実に合うように訂正されていくというように考えればいい。


すると、この話で押し通すと、黒人と白人の間の差別は彼らの平均的な能力が違うから、ということに話が収斂することになる。では何で、そもそも平均的能力が違うのか?遺伝子のせい?もちろん、そんな作業仮説をとる人はほとんどいない。普通の答えは、白人のほうが黒人より平均的により自分に「投資」しているから、ということになる。*6しかし、よく考えてみると、じゃあどうして黒人は同じように投資しないのか?という疑問が沸いてくる。


この疑問への現時点での最善の回答の一つは、Coate and Loury (1993)の中にある。彼らのモデルには良い均衡と悪い均衡が存在し、良い均衡では、求職者は自分がいいジョブにつけると思ってより投資をし、雇用者は投資が十分にされていることを予想して彼らを実際いいジョブに割り当てるということがおこる。雇用者、求職者双方のポジティブな予想が自己実現するわけだ。一方で悪い均衡では、求職者は自分がいいジョブにつけないと予想して投資を渋り、雇用者は投資が十分にされていないだろうと予想して彼らを悪いジョブに割り当てる、とネガティブな予想が自己実現してしまう。で、彼らによると、白人は良い均衡にいて、黒人は悪い均衡にはまっているという解釈になる。すると、たとえ生まれつきの潜在的な能力に差はないとしても、後天的に能力の差が生み出されることが説明できるわけだ。


追記:Coate and Louryに関連すると思われる実験の例(http://d.hatena.ne.jp/macska/20080223/p1)。被験者が合理的で実験をきちんと理解していれば、緑と紫の求職者が共存しようが、あるいは緑や紫だけの求職者だろうが、雇用するかどうかの決定は影響を受けないはずですね。とすると、なんらかのバイアスがあるのかな。二つ選択肢があるときは、その差を過大に見積もるとか。緑だけと紫だけの場合でも同じ初期条件で実験して、それでもランダムに良い均衡と悪い均衡に行くかどうかをチェックすれば面白いかも。


追記2:この話題関連で、最近出た本があるらしい。

ジェンダー経済格差

ジェンダー経済格差

*1:要するにその手の変数が、効用関数の中にそのまま入ってくるということ。

*2:一つの解釈は、企業内で訓練された後に初めて真の能力がわかるというもの。

*3:そうでなければ定義上能力の差は存在しない

*4:あるいは、一つの会社に必要な能力と他の会社に必要な能力が余り相関していない(特殊的技能形成)。

*5:アローなどは、予想にバイアスもある場合を考えていたようだけど。

*6:上の「第一に」により、この「投資」は観察しにくいたぐいの「投資」であることに注意。これは例えば、大学へ行ったということよりも、どれだけ大学で一所懸命自分で勉強したかということに対応している。