「ウェブ進化論」に「書かれていない」こと。どうして儲かるの?


ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)


いまさらながら「ウェブ進化論」を読んだんだけど、確かになかなか面白かった。新書としては最上の部類に入ると思う。面白いエピソードてんこ盛りだし、テンポもいいしね。でも、ちょっと引っかかったことがある。第一章の最初のページをめくると、「次の10年の三大潮流」として「インターネット」、「チープ革命」、「オープンソース」があげられた後、「......どの話も無料とかコスト低下とか、儲からない話ばっかりじゃないか。」というレトリカルな質問が発されている。そこで、いや実はこうこうこういうわけで、儲かるんだよ、という話が出てくることを期待すると、これがそういう話は表立っては出てこない。エンジニアの情熱だとか、天才的なアイデアとか、多くの人の善意とか、そういう話の印象だけが残るようになっている。この本の雰囲気は、「アンチ・エスタブリッシュメント的気分とオプティミズム楽天主義)が交じり合ったシリコンバレー精神」に満ちているのだ。でも、「どうして儲かるの?」っていう話は、そういう雰囲気の中ではあまり見えてこない。その答えは本文の中に恐らく暗示されているんだけど、「これこれこれで儲かるんですよ」とはストレートに言っていないので、自分でピースを拾っていって、それをまとめなくっちゃいけない。


エコノミストな自分からすると、「どうして儲かるの?」って聞かれたら、どこに参入障壁があるか、って考える。参入障壁がなければ、新規企業が参入してくるので、標準以上の利益率をコンスタントに保つことは難しくなる。そこで、「どうして儲かるの?」の答えを見つけるには、本の中の事例から参入障壁を見つけていけばいいってことになる。でもやっかいなことに、この本の隠れキーワードは「オープンネス」だから、市場がどれだけ閉じているかっていう話は、ちょっと見えにくくなっている。だから、「オープンネス」の陰に隠れた「クローズドネス」を注意深く見ていかないといけない。


参入障壁としてまず頭に浮かぶのは、設備投資だ。でも、グーグルほどのレベルになってくれば参入のための設備投資も相当な額になってくるとは書いてあるけど、本文にもあるように、MSNなどの大手にとってはそれは問題じゃないし、そもそも「次の10年の三大潮流」である「チープ革命」と「オープンソース」は、設備費用を低下させて新規参入を容易にするように働くという話だったはずだ。だから通常の意味での設備投資は、それほど障壁になるとは思えない。


じゃあ一体、、何が参入障壁になっているのか?ちょっと適当だけど、次のような三つのカテゴリーを考えてみる。

(1) 技術的障壁
(2) 情報的障壁
(3) 消費者参加によるロックイン

技術的な壁ってのは、要するに例えば、グーグルの技術者は一段他より優れているとか、企業のカルチャーとか、そういうことによる、生産性の違いだ。*1技術がどんどん真似されていっても、常にその一歩先を進んでいれば、独占状態をキープできる。あるいは、企業の文化はコピーできないものなので、生産性の差が埋まらないとか。個人的には、この手の説明は、圧倒的な偏見を持って言うが、あまり買わない。物理的な障壁がなければ、技術の差は遅かれ早かれ均一化するだろう。必要ならば人材を引き抜けばいい。短期では独占を維持できても、長期的には利益率が下がってくるはずだから。


情報的障壁は、ある企業が他の企業の持っていない情報を独占していることから生まれる。ここに入ってくるのは、グーグルのgmailの話と、アドセンスの話だ。個人メールの内容、サーチ、リンクなどの膨大な記録から集積された情報は、より効率的に広告を配置するために、グーグルに利用される。特に、特定のターゲットを目指しての広告が可能になるので、ものすごく小さいマーケットでも広告が利用されるようになる。ロングテールの話ね。ここで、ロングテールの話に注目すると、これは要するに取引費用の低下からきた新しいマーケットの開拓の話になるので、むしろ「オープンネス」の話と見てしまう。ところが、「儲けること」から考えていくと、重要なのは、むしろロングテールを成り立たせている情報の独占ということになる。これらの情報は、定義上グーグルによって独占されている。しかも、これは普通の企業秘密と違って、持ち出すとか、盗むことが出来ない。というか、意味がない。だって、その情報は毎日書き換えられ、編集されていくわけだから。*2


それでも、理屈の上からすると、自前でgmailみたいなものやサーチエンジンを用意すれば、市場に参入することは出来る。自分も独自の情報を作り出して、お互い独占で競争していけばいい。私見では、ここで効いてくるのが、(3)の「消費者参加によるロックイン」だ。鍵は、グーグルによって提供されるサービスがグーグルのみによって創造されているわけじゃなくて、消費者の参加によって創造されているところにある。広告を出すんなら、一番情報を握っているところに出したいわけで、すると一番情報を握っているところが優位に立つわけだが、一番情報を握っているのは、もっともサービスの消費者が大勢参加しているところに他ならない。すると、一番カスタマーベースが大きいところが、よりカスタマーをひきつけるわけで、これは自然と独占への流れを加速させることになる。消費者に向けてより開かれた市場が、参入に対してはより閉じた市場になるわけだ。通常新しい企業が参入する場合は、固定投資してインフラ整備してということになるわけだが、ここでは企業の価値の中にカスタマーベースがかなりがっちりと入ってくるので、話はそう簡単じゃあない。*3新規参入するのに工場を建てるのは簡単だが、何十万人ものカスタマーを前もって用意するわけにはいかないのだ。


この話は、別に隠されている情報だけに当てはまるわけじゃない。例えば、アマゾンの提供するサービスは、ロングテールの話に出てくるような、膨大な数の賞品へのアクセスだけではなくて、それぞれの製品につけられた消費者のコメントも込みになっている。これが、参入障壁になるわけだ。新規参入する企業は、同様の製品のリストを用意できたとしても、同じだけの消費者からのコメントは用意できないからね。


というふうに見てくると、実はこの本の中には、「インターネット」に特有な独占のヒントが、きちんと示されているように見える。よーく耳を澄ますと、「どうして儲かるの?」っていう質問に、この本は、ぼそぼそと小声で答えている。そういうふうに、僕には聞こえた。

*1:パテントによる障壁もある。

*2:スタティックな情報ならば、その情報を知っている人材を引き抜けばいい。

*3:もちろん通常のマーケットでも、企業の評判が似たような役目を果たすわけだが。