海外でアカデミックジョブを取ること−2


さて、良い指導教官に恵まれ、ジョブを捕りに打って出られる論文も書けたという僥倖に巡り会ったとしよう。ここからようやく具体的な就職活動が始まる。


これは経済学の世界に特徴的だと思うのだが、経済学ではPh.Dのマーケットが同時にスタートする。毎年、年の初めに最も大きな経済学会がアメリカのどこかの大都市で開かれるのだが*1、その場で同時に大勢のPh.D.学生のインタビューが行われるのだ。*2'*3この1月始めのインタビューに焦点をあわせて、学生は準備を進めていくことになる。大体Thanksgivingの前までには、全てのアプリケーションを出し終えていることになるだろう。*4するとそのうち、大学、あるいは企業、研究機関から1月のインタビューのスケジュールを決めるための電話が来る。電話がかかり始めるのは、だいたい12月の第2週ごろで、それがクリスマスの少し前まで続く。そして、このクリスマス前後の静かな休息の時間をはさんで、学生達は全く異なった世界に放り出されることになるのだ。


何が異世界か?これまでは基本的には専門的な話をする相手は指導教官や、関心の近い人に限られていたわけだが、就職活動の最中には、気が遠くなるほど大勢の人間と、一定時間以上の間研究に関する会話をしなくてはならないということだ。まずインタビューでは数人に囲まれて30分ぐらい話すことになるし、その後実際にプレゼンに招かれることになると、30分インタビューを6〜7人の教授と繰り返した後、1時間半の発表ということになる。*5普段こもりきりがちな大学院生には、ここでギアチェンジが必要になってくる。これをただの一般的な社交性の問題と勘違いしてはいけない。ここにある問題は、大学院生に特有のものだからだ。


この問題は、むしろ指導教官と「良い関係」である方がより深いかもしれない。何が問題なのか?指導教官は、学生の言うことは言葉足らずでも阿吽の呼吸で理解してくれる。また、指導教官は重箱の隅をつつくような細部の問題についても、長々と議論に付き合ってくれる。そのようなコミュニケーションと、外にいる一般の人たちに通じる言葉の間には、大きな、大きなギャップがあるのだ。


ここから、二つの教訓が出てくる。まず自分の使っている用語や議論を、頭の中で今一度整理しなくてはいけない。言葉に関していえば、一般に通じる言葉とよりジャーゴンに近い専門的な用語のレイヤーがある。またそれとは別に、議論には、より一般性のある議論と、テクニカルな議論のレイヤーがある。これらを分解した後、相手に合わせてうまくシャッフルして取り出せるような能力が必要とされてくるわけだ。 特に自分のメインの論文に関しては、いろいろなバージョンのプレゼンテーションを用意しておくとよいだろう。そこで特にお勧めするのは、


3.ジョブ・ペーパーに関しては、ショートバージョンとロングバージョンの紹介の仕方を準備しておく。*6 


というものだ。30分のインタビューの場合、通常20分ほどがジョブ・ペーパーの話に費やされるので、ロング・バージョンは20分ぐらいがいい。そしてショートバージョンは5分ぐらいだろうか。これは、ちょっとした会話の中に自分の研究の話を盛り込むのにちょうどいい時間だ。20分あれば、より一般的な議論のレイヤーから話を始めて、結構突っ込んだ話まで持っていける。5分のバージョンでは、より上のレイヤーの辺りで話をまとめることになる。もちろん実際は、相手に応じてケース・バイ・ケースということになるが。


もう一つの教訓は、英語に関することだ。指導教官とは、ある種、言語以上のところでコミュニケーションが出来てしまうというところがある。ところが大勢の初対面の人間と会話をすると、コミュニケーションにおける言語のウェイトが増してくる。そう、ここはアメリカなのだ。嫌でも気づかされることになるのは、アメリカで仕事をゲットするには、


4. 英語はうまいほうが良い。


という、当たり前だが、つい忘れがちな事実である。英語および会話の能力は一昼夜で伸びるものではないので、ある程度計画的に訓練する必要があるかもしれない。計画的といっても、そんなにびびる必要はない。一ヶ月でもまともに訓練すれば、すぐに効果があるはずだ。また、ヨーロッパの連中と比べて負けてても、そんなに気にする必要はない。アジア人の英語は、少しは大目に見てくれる(かな?)。いずれにせよ、日本人だから英語が下手なのは当たり前と考えずに、自分に出来ることは何かとポジティヴに考えた方がいいだろう。


さて、次は本番の発表についてだが、これは自分の大学のセミナーで発表したときに、皆具体的なアドヴァイスをたくさんもらえるものなので、ここではあまり触れない。ひとつ言っておきたいのは、発表がうまい生徒は、質問に答えるのがうまい生徒だ、ということだ。というか、自分の予想している質問を引き出すのがうまい、というべきか。いずれにせよ発表中は質問にさらされるわけだから、それなら前もって特定の質問に誘導すれば、予想外の質問を避けることが出来るし、完璧な答を用意することも出来て、一石二鳥というわけだ。しかしこれはすこし高度な技術だから、あまり強くは勧めない。


最後に、今はそこまで頭が回らないかもしれないが、自分をインタビューしてくれたところ、さらにはフライアウトを出してくれたところとの関係は大事にした方がいい。すべてのインタビューには、真摯に対応すべきだ。たとえ最終的にそこに行くことにはならないとしても、相手は自分を少なくとも気に入っているわけで、将来何が起こらないとも分からない。例えば最近はセカンド・マーケット*7が盛んになってきている。また、もう少し長い目で見れば、テニュア*8の時期になってきたときに、そこから声がかかってこないとも限らないのだから。

*1:今年はシカゴ。

*2:心理学は似たようなシステムだったような気がするが、あまり自信がない。恐らくほとんどの人文科学は違うマッチングのシステムをとっているだろう。少なくとも政治学は違っていたはず。

*3:当日は混雑するので、昔だったらここで携帯を忘れないことを薦めたところだけど、今はもうみんな携帯は持ってるだろうね。ちなみに僕は携帯を持っていかずにいって、あるトラブルのせいで、西海岸にある某有名校のインタビューをすっぽかしてしまった。結局もう一度スケジュールすることが出来たんだけど、雰囲気は最悪。そして大学には呼んでもらえずじまい...

*4:通常はアプリケーションの数は100通以上にもなる。

*5:このインタビュー、フライアウト(訪問と発表)、オファーのプロセスに関して、「1/3ルール」というものを聞いたことがある。インタビューされた大学や組織のうち、平均して1/3のところからフライアウトをもらい、フライアウトしてくれたところのうち、平均して1/3からオファーがもらえる、というやつだ。個人的には、結構当たっていた。

*6:もちろん本番の発表については、これとは別に練習しなくてはいけない。

*7:Ph.Dを卒業したてではなく、卒業して少したった助教授レベルをヘッドハンティング(?)するマーケット。

*8:終身雇用権