グラミン銀行


グラミン銀行の創設者のムハマド・ユヌスノーベル平和賞が授与されたそうな。ユヌス氏は経済学者で、グラミン銀行のアイデアも現代の経済学に密接に関連しているから、今年はノーベル経済学賞が2つ出たみたいな感じでうれしい。


グラミン銀行が何をやってるかというと、ものすごく貧乏な人々、主に女性にお金を貸すということをやっている。*1ユヌス氏がアメリカでPh.D.を取りバングラデシュに帰国したとき、たまたま貧乏な職人さんに出くわして僅かなお金を貸してあげたところ、それにきちんと利子がしっかりついて返ってきたことに驚いて、底辺でのクレジットの需要は意外に高いのではと思ったことがきっかけらしい。


直感的には、困窮している人にお金を貸すというのは上手くいかないような気がする。まず第1に、困窮している人にはそれなりの理由があるのでは、と貸す側は勘繰ってしまうだろう。困窮しているということが、信用の置けない人間であるというシグナルになるわけだ。第2に、失うものが何も無い人は、よりリスキーなプロジェクトに資金をつぎ込む可能性がある。儲かったときはぼろもうけで、損したときは何も払う必要が無いからだ。第3に、そんな借り手は、そもそも利子を払わずに夜逃げしてしまう可能性がある。これらのことを考えれば、デフォルト率は高くなると考えるのが普通だし、実際通常の銀行はこのような借り手は相手にしない。


ところが、なんとグラミン銀行の回収率はほぼ100%なのだ。これには秘密がある。お金を個人に貸しだすのではなく、数人からなるグループに貸し出すのだ。そして、誰か一人がデフォルトした場合には、グループ全体に連帯責任が課される。具体的には、全員が将来の融資から締め出されることになる。まあ、昔の五人組のようなものだ。成功する融資のポイントは、どうやって「信用」を構築するか、ということだが、そのために、この「五人組」は非常に便利なのである。*2下にベネフィットを箇条書きしてみよう。


1.連帯責任は逆選択の問題を緩和する
通常貸す側にとって、良い借り手と悪い借り手を見分けることは、とても難しい。いわゆる逆選択の問題である。ここで連帯責任がある場合には、信用できる仲間と同じグループになろうというインセンティブが出てくる。そして、誰が信用できるかということは、借り手のほうが貸し手よりよく知っているのだ。

2.連帯責任はモラルハザードの問題を緩和する
連帯責任がある場合、誰かが「よりリスキーなプロジェクトに資金をつぎ込む」ことは、他のメンバーに迷惑をかけることになる。なので、借り手はそのような人間とメンバーを組まない、あるいはそのような無茶な投資を行うことをやめさせるインセンティブをもつ。これも、貸し手より借り手が情報優位にあることがポイント。

3.連帯責任は借金踏み倒しを防ぐ
バングラデシュの借り手達の生活のなかで、コミュニティーの果たしている役割は大きい。もし、他の仲間を裏切って借金を踏み倒した場合、その重要なコミュニティーから村八分にされてしまいかねない。これが、借り手にきちんと借金を返すインセンティブを与える。通常の銀行ならここで担保を使うところだが、貧乏な借り手から担保を取ることは出来ない。連帯責任は、コミュニティーによる罰則を担保の代わりに使うことを可能にするわけだ。


これらが全ての理由かどうかはわからないが、とにかくグラミン銀行は成功した。「困窮している人にはそれなりの理由がある」というのが正しいのは、それなりに市場が機能している場合の話だが、そうではなくて、貧困層のためのマーケットは機能しておらず、良い借り手がその中にごろごろといて借りる機会を待っていたということだったのだ。


ところで、グラミン銀行のホームページを見ると、非常に口当たりのいいことが書いてあるが、これはまったく慈善事業などではない。所詮は金を貸す仕事だし、実は利率もむやみに高かったりするのだ。しかしそれでも、結果的には、政府に主導されるような慈善事業/公共事業に匹敵するか、あるいはそれ以上の恩恵を貧困層にもたらすことになったのである。

*1:なんとローンの98%は女性に貸し出されている。

*2:融資の形式自体も信用の醸成に一役買っている。グラミン銀行の融資は、少量の金額を何回にも分けて貸していくという形を取る。このようにしておけばデフォルトが起きた場合の損害を低く抑えることが出来るし、借り手は定期的にきちんと支払うことで徐々に信用を高めていくことが出来る。