病気になって、頭が良くなる?

NY Times 6/3/2005

Ashkenazimと呼ばれる中央および北方ヨーロッパ出身のユダヤ人達には、少なくとも19種類もの遺伝的疾患が、ほかの地域の人々よりも多く見られる。*1 なぜそうなのかについては、様々な議論があった。例えばあのJared Diamond(”銃、病原菌、鉄”)は、Ashkenazimが長い間(少なくとも9世紀から18世紀まで)、平均以上の知能を必要とする職業に就くことを強いられたことが関係しているのでは、と1994年の論文で推測している。*2


ユタ大学のグループがこの仮説を進めて一本の論文として発表し、話題を呼んでいる。*3確かにそれらの遺伝的疾患は高い知能と相関があるようなのだ。これらの遺伝的疾患の内、少なくともいくつかは、ニューロンの発育と結合を促進し、より密なネットワークを作ることに貢献している。つまり、知能を発達させる必要にせまられて、遺伝的な疾患を引き起こすが知能を高める突然変異をあえて残しておいたというストーリーらしい。*4


実際、AshkenazimのIQはヨーロッパ人のIQよりも高い。差の平均を見るとそれ程大きな違いは無いのだが、知能の分布の上の裾の方では、そのような少しの違いでも大きな影響を引き起こし得る。*5Ashkenazimはアメリカの人口の3%を占めるに過ぎないが、ノーベル賞の27%を占めている。


変異&遺伝ではなく風土的な伝染病に起因しているのではないかとも考えられるのだが、Ashkenazimとヨーロッパ人は同じ地域に暮らしているので、それは考えにくいらしい。遺伝をサポートする論拠として、Ashkenazimには内部での結婚が多いことも挙げられている。


ポリティカリー・インコレクトなこともあるのか、反論は絶えない。対抗する説明としては”Founder Effect”なるものがあるらしいのだが、記事からはその内容がちょっと分かりにくい。上の遺伝的疾患がほぼ同時期(ここ1100年)に現れたことから、進化ではなく、何か他の共通の原因があるのではということらしい。


(*)次の記事はエコノミストから
http://www.economist.com/science/displaystory.cfm?story_id=4032638

(追記) エコノミストの記事の方がNYTimesより断然良いようなので、読むならこちらを。

*1:Sphingolipid DisordersやDNA Repair Disorderなど

*2:しかし、Ashkenazimとほかのユダヤ人たち(Oriental,Sephardic)の間には、どれぐらい有意な職種の差があるのだろうか。この夏にAshkenaziという人と学会で会う予定なので、なんとか聞いてみるつもり。

*3:Journal of Biosocial Scienceにアクセプトされた。

*4:西アフリカ出身の人々は、他ではほとんど見られないsickle-cell anaemiaという病気にかかる。親からsickle-cell anaemiaに関連する遺伝子のコピーを二つもらうと陽性になる。面白いのは、一つだけだと陰性であるが、それに加えてマラリアへの耐性がつくことである。もちろん、マラリアは西アフリカでは一般的かつ致命的な病気だ。つまり、sickle-cell anaemiaからくるネガティブな影響とマラリアを防ぐことからくるポジティブな影響が拮抗するので、そのような遺伝子が世代を超えて保存されていくわけだ。ユタ大学の研究者達は、同じような理屈がAshkenazimのケースにも使えると考えている。ちなみにこれは簡単にテストすることができる。そのような遺伝的疾患(Tay-Sachs, Gaucher's など)の遺伝子のコピーを一つ持っている人が、平均してIQが高いかどうかチェックしてみればいい。もちろんIQが知能を測る道具として最も適切かどうかという話は置いといて。

*5:ローレンス・サマーズの発言を思い出して欲しい。