祈りと奇跡と不妊治療

タイミングが良かったのかもしれない。9/11から約一月後に発表された、祈りの不妊治療への効果を示したその論文は、神の啓示としてか、世界中のメディアに大きくとりあげられた。

このコロンビア大学のグループによって行われた実験は、IVF(In Vitro Fertilization、体外受精)が行われた患者のうち、ランダムに選ばれた1%に妊娠が成功するように祈りがささげられ、それがどのような影響を与えるか見るというものだ。祈る人たちは、アメリカ、カナダ、オーストラリアにいて,韓国にいる祈る相手の患者の写真を見せられる。もちろん、彼らは個人的に患者のことは知らない。患者達は、どの患者が祈りの対象にされているか知らないし、そもそも自分達が実験に参加していることすら知らない。確認してないが当然DoubleBlindだろう(つまり担当の医師や看護婦も、どの患者が祈られているか知らないはず)。さて、その結果はどうなったか?驚くべきことに妊娠成功率が二倍にも上がったというのである。

祈りを科学的に調査しようというアイデアはかなり古くからある、というか近代的な統計手法の発生とほぼ同時にでてきた。最初にこれをやったのはガルトン卿だろう(Statistical Inquiries into the Efficacy of Prayer)*1彼は、もし祈りがその相手に良い影響を与えるならば、皆に祈られているイギリス王室の人々は長生きするはずであると考えた。手法はきちんとコントロールがされていない原始的なものだったが、王室の人の平均寿命は弁護士や医者などの平均寿命より低いことが示され、彼は祈りの影響を否定した。ちょっと話がそれたが、要はこの話題は昔から人々の関心を引くトピックだったということだ。

もちろん、これには後日談がある。まず、著者のうちの一人は、この研究に必要とされると思われる学位(医学、統計学など)をまったく持っておらず、後に数億円にわたる詐欺で訴えられ、現在カリフォルニアで罪状の決定を待っている最中だということ。典型的な詐欺師である。昔から超自然現象にかかわるいんちきな実験をいろいろとやっていたらしい。残りの二人の著者はきちんとした研究者だが、一人はコロンビアをやめて民間の研究所に移り、電話やE-malの問い合わせにまったく応答する気配がない。もう一人は最近までコロンビアのデパートメントのチェアで、いまだにコロンビアのファカルティーだが、やはりマスコミの取材に答える気はないらしい。この研究者は、最初はこのプロジェクトのリーダーだとマスコミで伝えられていたが、「実験が終わった数ヶ月後になって、ちょっと編集にかかわっただけ」と後になって言い出し、最近では自分の名前を共著者名から引っ込める始末。この論文を発表したJournal of Reproductive Medicineはよく知られた権威のあるジャーナルだということだが、最近この論文をそのウェブサイトから引っ込めたらしい。*2部外者としては、どれぐらいきちんとしたジャーナルなのか知りたいところだ。ちなみに上のリーダーと称されていた研究者は、この雑誌のCo-Editorだったということだ。


オブザーバー(Guardian) ttp://observer.guardian.co.uk/international/story/0,6903,1227841,00.html
サイエンティスト, ttp://www.the-scientist.com/news/20040614/04
より詳しくは, ttp://www.csicop.org/si/2004-09/miracle-study.html

*1:ところで、「回帰」(regression)という用語は、彼の発見した「平均への回帰」("regression to the mean")から来る。(彼自身はそれを""regression" towards the level of mediocrity"と呼んだ。)これは有名な錯覚なわけだが、彼自身は当時気がつかなかった。皮肉なことに、その言葉が正式な名称として残ったわけだ。あと彼は優生学創始者の一人としても有名。ダーウィンのいとこでもある。

*2:と思ったら、また見られるようになっている。調査が行われていたはずだが、白ということになったのか?誰か、フォローアップ求む。