In the Realms of the Unreal

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で
(写真は、「ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で」から)

ヘンリー・ダーガーについてのドキュメンタリー映画を見に行ってきた。監督は、数年前短編ドキュメンタリーでオスカーを取ったJessica Yu. 後はナレーターがダコタ・ファニング(Uptown Girlsなど)。

ヘンリー・ダーガーの作品群が彼の部屋から発見されたのは、彼が1973年に死去する直前だ。彼は人とほとんど付き合うこともなく、日銭を稼ぐ仕事をする以外は、家で自分のためだけの創作に打ち込んだ。まるで引きこもりみたいだが、彼は身よりは全くなく、友達もなく一人でいることを特に気にもしていなかった。近所の人の証言によると、彼の部屋からはいつも賑やかな会話が聞こえてきたが、それは彼自身が多数の声色を使って自分一人で会話をしていたからだという。

彼のもっとも有名な作品は、60年以上をかけて完成された、15000ページ、12巻にものぼる壮大な物語「The Story of the Vivian Girls, in What is Known as the Realms of the Unreal, of the Glandeco-Angelinnian War Storm, as caused by the Child Slave Rebellion」である。この作品のための数百枚もの水彩画があるが、そのうちのいくつかは有名なので目にした人も多いと思う。


あらすじは、こんな感じだ。

子供を奴隷として使うグランデリニアンの王国と、それをやめさせようとするクリスチャンのエンジェリニアンの王国とには長い間戦争が続いていた。ここは、地球を月とする、ある別の世界だ。物語の主人公は、エンジェリニアン王国のプリンセスの、見目麗しい7人のVivian Girlsである。勇敢な彼女達は戦争でも先頭に立って戦う。グランデリニアンはVivian Girlsを何度も捕まえようとするが、彼女達はいろいろな動物の頭が着いたドラゴンみたいなものに守られていて、うまくいかない。なぜかVivian Girlsを含め多数の子供達はみんな女の子で、だけどみんなペニスがついている。なぜそれが分かるかというと、みんな無意味に裸でいることが多いのだ。いつの間にか、女の子の頭から角のようなものが生えている。ダーガー本人も、エンジェリニアンの味方としてしばしば話に登場する。次第に戦闘は激しくなり、大勢の子供達が裸のまま吊るされたり絞め殺されていく。グランデリニアンとエンジェリニアンの最後の決戦の時は近い......




真面目に書いていると頭が痛くなってくるが、本人はもちろん大真面目である。特に水彩画は真面目に評価されているらしい。彼の作品を最初に見たのは、もう何年前になるか、世界中で評判を呼んだアウトサイダー・アートの展覧会「パラレル・ヴィジョン」を見に世田谷美術館に行ったときのことだ。嫌いじゃないが、ダーガーの作品がアートかと聞かれたら、ちょっと困ってしまう。個人的にはボーダーか。実は僕がもっと感動したのは、むしろ他のアーティストの作品だった。彼らが今どれぐらい脚光を浴びているかはよく知らない。しかし、ダーガーがあの中で一番有名になったのは、間違いないと思う。

アウトサイダー・アートは、あれから結局「アウトサイダー」の方に強調が置かれるようになった気がする。「アート」はどこへ行ってしまったのだろうか。映画の中で語られるのは、彼がいかに変わっていたかということだけだ。彼は一人のアーティストではなくて、一つの症例になっている。彼の作品はたくさん出てくるが、あれは「アート」として扱われているのか。クローズアップばかりで、作品の全体が見えてこない。そして、ダーガーのキャラクターは、アニメになってあちらこちらと動き回されている......


......この映画の感想を一言で言うと、多分こういうドキュメンタリーだろうな、と思った通りのドキュメンタリーだった。驚きがない。多分この映画を見に行く人は前からダーガーをある程度知っている人だから、退屈するんじゃないか。ところで、あの繰り返し出てくるシカゴの風景には特に意味があるのだろうか?