「正しい和食」認証制度は、「正しい」和食を広めるか?


同僚から日本が世界各国の日本食レストランを検閲するらしいと聞いて、冗談かと思っていたが、実際にそうだと知って仰天したのはつい一月ほど前か。この話立ち消えたかとおもっていたら、まだやっているらしい。悪いことはいわない。やめときなさい。


非常に簡単な話だ。海の向こうでは、日本食は大流行している。日本食レストランの需要はいくらでもあるのに、供給が追いつかない。すると当然ながら、例えば中国人、韓国人、ヴェトナム人などが見よう見まねで作った和食を提供することになるわけだ。作る側も食べる側もアマチュアなわけだから、日本人から見て「正しくない」和食が広まるのは自然の理だ。この圧倒的な供給不足がある限り、問題は絶対に解決しない。日本政府のお墨付きをもらえば「正しい」和食を出すレストランのお客は増えるかもしれないが、圧倒的な供給不足のもとでは、焼け石に水だ。これは情報の問題じゃなくて、実物の問題なのである。


「正しい」和食とは、どこに宿るか?一度日本の風土を離れれば、それは消費者の側には望めない。そこで必要なのは、「正しい」和食の精神というかコンセプトというか、そういう抽象的なものなわけだが、これは料理人の中に宿るのである。それは、料理人の技術を通して体現される他ないのだ。だから、より「正しい」和食が広まるためには、きちんとした料理人の絶対数を確保することが必要条件になる。よって、「正しい」和食を広めたければ、補助金を出してでも日本の料理人に海外に進出してもらう、あるいは、日本国内国外に関わらず、他の国の人達が和食の調理技術を学ぶ場を提供する他ない。日本の有名フレンチどころに行けば、フランスの某有名レストランでうん年修行してきたシェフたちがいるだろう。あれと同じことだ。*1「正しい」和食とは、まず第一にコンセプトなのであって、それは日本人にしか理解できないというものではない。だから、どんどん、中国人や韓国人に「正しい」和食を学んでもらえばよい。適切な修行経験がキャリアで効いてくるとすれば、皆喜んで日本に、あるいは海外の本格的な和食レストランに修行に来るだろう。その時初めて、「正しい」和食に関する情報が効いてくるかもしれないのだ。しかし現在、そのような人材あるいは教育の場を十分に提供する準備が日本にあるだろうか?*2


あとこの件に関しては、やり方のまずさも際立っていた。政府主導でやる前に、何かミシュランのようなものを民間から出すことを推奨する方法はないものか。実は、確かに「正しい」和食に関する情報には一定の需要がある。アメリカのグルメをなめてはいけない。少なくともNY,LAなどの大都市では、彼ら一部のグルメは「正しい」和食に飢えているのだ。しかし彼らを満足させるためには、何か権威のあるミシュランのようなものが一冊あればよいのであって、それは別に日本政府のお墨付きである必要はない。というか、僕も含めてだが、民間のレーティングのほうがより信頼できると思うはずである。日本国内でなら政府の認証がことに影響力を持つのかもしれないが、海外で「正しい」和食を広めようとするときに、国内の論理を持ち込むことはナイーブに見える。



また、政府主導でやるにしても、ワシントンポスト「(Some observers suggested)...yet another expression of resurgent Japanese nationalism」と書かれてしまう雰囲気を作らせてしまうところは、脇が甘いといわれても仕方がない。本来ならば、ワシントンポストは「What we are seeing now are restaurants that pretend to offer Japanese cooking but are really Korean, Chinese or Filipino. We must protect our food culture.」という彼らが舌なめずりするようなコメントを得るために複数の人間にインタビューしなくてはならないところだが、この発言が大臣の口から出てくるわけだから、全く記者の仕事も楽なもんである。


海外のいい加減な日本食に危機感を持つ気持ちは分かる。自分にとっても - 外国に住んでいるから特にということもあるかもしれない - 日本の食文化は、日本が最も誇れるものの一つであるという感が強い。だから、「正しい」和食が広まってくれるのはもちろんうれしいことだ。そして - これは信じてほしいのだが - 「正しい」和食をちゃんとおいしいと思ってくれる人は世界じゅうに待っていてくれているのだ。しかし、この認証制度のおかげで「正しい」和食が広まるかと聞かれると、うーんとうならざるを得ないのである。



ところで、今日は大晦日ですね。まったく年の瀬という感じがしないLAですが、よいお年を。

*1:家の近所に新しくオープンしたすし屋に行って板前のおっちゃんと話していると、途中から日本語でしゃべりかけてきた。彼は韓国人だが、6年間大阪で修行していたということだった。もちろん出された寿司はちゃんとしていて、一流とはいえないかもしれないが、日本でたべる平均的な寿司とそう変わらないものだった。

*2:僕は「正しい」和食をより広めたいと考えるけど、いろいろなブログを見ていると、その発想とは逆で、変な日本食日本食と偽って出してほしくないと考える人が多いようだ。だから、規制して、日本人以外に和食レストランを名乗ること、あるいは和食自体を提供することをやめさせようという発想になる。でも、それは、圧倒的な供給不足のもとでは、不可能なのですよ。日本は海外で直接に規制が出来ないわけだから、需給の論理は貫徹するのです。だから、むしろ、より「正しい」和食をどうやったらより供給できるかと考えた方がいい。もちろん僕は、海外の消費者の一定の層が「正しい」和食のほうを選ぶ、あるいは機会さえ与えられれば「正しい」和食を評価できるようになる、ということを前提にしているが。