さみしいクジラ No Return Call at 52-Hz


そのクジラの声が、アメリカ海軍の水中聴音機にはじめて捉えられたのは、もう12年も前のことだ。それらの水中聴音機は、潜水艦を探知するために設置してあったのだが、海洋生物学者Mary Ann Daherがそこから聞き取ったものは、さみしいクジラの歌声だった。

クジラは深い海の中で、とても遠くまで届く声で自由に交信することができる。その声はそれぞれのクジラによって微妙に違う。だから、クジラは会話を通して誰がどこにいるかを知り、必要ならばデートの相手も探すことができる。彼らは、普段は独りでいても、決して孤独じゃない。

ところが、このクジラの声は独特すぎて、他のクジラには聞き取ることができない。周波数が高すぎるからだ。仲間のクジラは15−Hzから20−Hzの間の周波数を使うのだが、このクジラはいつも52−Hzで歌っている。恐らく体の構造が違うのだろう。異種のクジラの間に生まれたのだろうか?それとも突然変異だろうか?研究者達は、世界に一匹だけのクジラの来し方に思いを巡らせる。

自分では普通にしゃべっているつもりなのに他のクジラと全くコミュニケーションがとれない彼(彼女?)は孤独に違いない。実際このクジラの回遊するルートは、同種のクジラが使うルートとまったく異なるという。

深い深い海の底で、12年以上もこのクジラは話し相手を探している。しかし、その呼びかけに答える者は誰もいない。その言葉は相手に届くことはなく、暗く冷たい深海に反響するばかりだ。



(このクジラの声はVentsで聞くことができます。)