現代倫理学入門 加藤尚武

現代倫理学入門 (講談社学術文庫)

現代倫理学入門 (講談社学術文庫)

大学の授業の副読本にぴったりといった感じだ。現代の倫理学の課題を、功利主義自由主義の臨界点を巡る議論を絡めて、手際よく説明している。一つの話題を深く掘り下げるよりは、様々な関連した話題を散りばめてあるので、手軽に手にとって一章だけ読むといった読み方ができるのが、強みじゃないだろうか。最初から最後まで、飽きることがない。囚人のジレンマで協調を導き出そうとする哲学者の議論には未だに違和感があるのだが(規範的な議論と合理性の議論がごっちゃになっているように見える)、少なくとも哲学者の考えていることのバックグラウンドは少し理解した。

しかし、研究者の性というか、自分のテリトリーに近いところでの議論を見ると、ところどころ気持ち悪い記述に躓いてしまう。例えば、アローの不可能性定理。第一の公理を、「個人の自由の尊重」って呼ぶのは、どうなんざんしょ。これは「自由の原則」であり、「選好の順位のつけ方には何の制限もない」ということらしいので、まあそれほど外れているとも思わないが。

しかしもっと困るのは、二番目の公理の「部分集合の独立性」。「......特定の二人を選ぶとバッハ>モーツァルトという集計結果が出たとする。その場合にあらゆる候補者を入れて全体を集計すると、この二人の順位が逆転することがない......」というのは明らかに言葉足らずでは(間違いとは呼ばないが)。一番大事な(論争的な)公理なのだから、これだけはもう少し厳密に書いてほしい。

このように、自分の知っているところで曖昧な記述が多いと、他の部分でも同じようなことが起こっているのではと、疑心暗鬼に駆られてしまう。