女は数学ができない?

著名な経済学者であり、かつハーバードの学長でもあるローレンス・サマーズの一言が、アメリカの女性達を怒らせている。その発言がなされたのは、1月14日に行われた女性のアカデミックへの進出に関するNBERの会議でだ。彼はどうやら、数学や物理などのハードサイエンスに女性が少ないのには生得的な原因(脳の構造の違い)も関与しているかもしれない、というような趣旨のことを言ったらしい。「らしい」というのは、この会議での彼の発言の記録は手に入らないからだ。一人の著名なMITの生物学者(女性)はすぐに席を立ち、他にも数名の学者がその場ですぐにサマーズを質問攻めにした。このことがメディアに流れるやいなや、サマーズの元へは抗議のメールとFAXが殺到し、それはすぐに無視できるようなレベルのものではなくなった。彼はここ数日のうちに何回も謝罪を繰り返しており、日がたつにつれてその調子はより沈痛なものへと変わってきている。

彼の発言に対する一つの典型的な反発は、発言自体がナンセンスだというものだ。それとは逆に彼に同情的な人々は、その仮説が検証するに足るものであるのだから、タブーにするのはおかしいという。しかも、彼は他の可能性と並列して一つの可能性を上げただけでそれを特に強調しているわけではない。もちろん、ナンセンスなのは最初の意見であり、一般論として正しいのは2番目の意見だ。そのような生得的な違いはあると考えるのは、それほどおかしなことではない。むしろあると考えるのが普通だろう。(しかし、これはその要因だけが重要というわけではない。実際ここ数十年の女性の教授数の増加を生物学的な要因で説明することは不可能であり、むしろ社会的な要因が重要であることは疑いない)。

ただ、この発言が問題になっているのは、彼の発言がナンセンスであるかどうかということとはあまり関係がないだろう。問題は、彼が学長という公的な立場にいること、しかもハーバードというアメリカを代表とする研究機関の長であるということにある。だからこのようにそれ自体がポリティカルに機能する発言をすることは慎まなければならない。彼の名誉のために言っておけば、彼はこの発言が公になるとは露と思っていなかっただろう。なぜなら、参加者が自由に発言することを促すために、この会議では情報を公開しないことが前提となっていたからである(NYtimes,1/18)。だから彼の失敗は、彼が自分を学長としてではなく、個人の学者として考えたことにあるといえるだろう。そしてその発言がリークされ公になった以上、彼は責任を取らねばならない。

しかし今回は一方的に彼を責めるのもためらわれる。上で述べた会議の性格のこともあるし、もしハーバード学長の言葉が社会的影響力を持つということならば、なおさらその軽率な発言は外に漏れるべきではなかった。僕はこの発言をマスコミにリークした人々に感心しない。 皮肉なことに、ハーバード学長の社会的影響力をもって彼を批判する人々は、最終的にはこの事件を通して自分達の政治的な影響力を強め、ハーバード学長がいかに影響力がないかを証明してしまった。もちろん、これはすべて予想通りの展開だろう。

またサマーズの話にもどるが、この手の発言でもう一つ重要なのは発言のコンテクストだ。一見文字面では穏健な主張も、場合によっては非常にオフェンシブになりうる。もちろん記録では確認できないので、彼が実際に何を言ったかは分からない。(実は録音テープがあるらしいが、前にも言ったように公開するつもりはないらしい(NYtimes、1/21)。しかし、実際このあたりが真相なのかという気もする。彼がハーバード学長就任直後に人種的問題発言をしたというニュースを覚えていないだろうか。有名な黒人の教授であるコーネル・ウエストが彼と喧嘩して、ハーバードを去りプリンストンに移った事件も思い出される。サマーズはそんなにやな奴なのだろうか?