モンティ・ホール ジレンマ その3

論理思考力トレーニング法―気がつかなかった数字の罠
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Wikipediaによると、この問題が世に出たのは1975年のAmerican Statisticianが最初らしいが、これが一躍有名になるのは、Marilyn von Savantのコラム「マリリンに聞こう!」で1991年に紹介されたときのことだ。

彼女は、なんとIQ228(!)というギネスブック記録を持つ「天才」である。この「マリリンに聞こう!」というコラムは、彼女が、読者から送られてくるパズルをらくらくと解いて、知恵の足りない一般読者を啓蒙するというしろものらしい。と書くと、すごくやな感じがするが。

とにかく、モンティ・ホール ジレンマはそこで紹介され、彼女は正しい答えを弾き出した。もちろんこの問題自体はトリッキーで面白いのだが、本当に面白いのはこの後に起こった大騒動のエピソードだ。

彼女のコラムが掲載されるやいなや、編集部のメールボックスは手紙であふれ、ファックスと電話は鳴りっぱなしという状態になった。もちろん、ほとんどの反応は彼女の「間違い」を非難するものだった。数千を超えたという手紙の差出元は、多くの一般人に加えて、アメリカ中の大学、FBI、CIA、Center for Defense of Information等等を含む始末である。

まったく信じにくいのだが、本当に、多数の数学者やPh.D.保持者が、彼女の答えにNo!という手紙を送りつけてきたという。そのうちいくつかは、彼女の著書「The Power of Logical Thinking」(邦訳は上)に実名入りでさらされている。いくつか(名前を除いて)挙げてみよう。

たとえば、次のような手紙。


「この手の問題に答える前に、まず標準的な教科書にあたってもらえませんかね。」
より笑えるのは、もうちょっとかしこまったコメント。

「Dear Marilyn、

あなたは間違っています。しかしアインシュタインは、間違いを認めることで人々の心からの信頼を得たじゃないですか。」


「あなたは間違いを犯しました、しかし気落ちせずに、物事の良い面を見てみましょう。だって、もしこれらPh.D全員が間違っているとすれば、この国は大変な事態にあるということになるでしょう?」

確かにアメリカの教育は大変な事態にあるのだろう。圧倒的な反論に対して、彼女は3回のコラムを使い手を変え品を変え説明を繰り返したのだが、騒ぎはなかなか収まらなかった。そこで彼女は、全国の学校のクラスで実験をすることを提案した。この実験は、学校の数学のクラスのちょうどいい教材になったらしい。実験が行われた学校は数千にのぼり、実験に参加した延べ人数はなんと5万人を数えた。これらの実験がことごとく彼女の解答が正しいことを確認した後、ようやくアメリカ全土とヨーロッパを巻き込んだ一大イベントは終息に向かったのである。


というのが、この事件の大まかなまとめだが、変な話である。まあ一般人はいい。しかしなぜ、数学者(あるいはPh.D)が?しかもなぜ実験するまで信念を変えない? 最初間違えたとしても、5分座ってゆっくり考えればわかるだろうに。(数学者以外にも、意思決定理論をかじってるはずの奴の名前も見つけたが。)

そこで、以下適当に仮説をみつくろってみた。

1. Ph.Dが乱発されているので、結構な数のトンデモがいる。
2. 数学者は統計が苦手。(統計を半端な数学としてなめているから、隙を突かれた?)
3. この女むかつくから、とにかく批判。(まあ、IQ228が何ほどのもんだといいたくはなる。とくに、彼女の本を読んだ後は。)
4. もう引退寸前だから、耄碌してる人が大かった。(実際名前がさらされている人々を少しチェックしてみたら、現在の時点で名誉教授になっている人がいた)。

まあ、実名さらされる覚悟で手紙を送るというのは、よっぽど馬鹿でかつ自分に自信がないとできないでしょうな。ということは、1当たりが妥当な線か? しかし、ただの嫌がらせの線も捨てきれない(このサイト(「Marilyn is Wrong」)なんか見ると、その粘着度に感心する...)

とにかく、これはもう「社会現象」といった類のものだったわけで、社会心理学者がこの事件について論文を書くのも自然の成り行きだったと言えるだろう。D.Granberg and T.Brown による、Personality and Social Psycology Buletin、1995に掲載された論文の要約は、「The Power of Logical Thinking」に付録として収録されている。

ところで、個人的な信念としては、扉を変えないという選択肢が何らかの意味で最適になっていると考えたい。このバイアスの背後になにか生物学的な理由があると考えるのは自然だし、より面白いのではないだろうか?